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2 地べたを這った黒豆
 海外で日本向け青果を生産する。一見たやすく思えるが、日本の流通には厳しい規格がある。大きさ、形ともに均一であることが要求される。見栄えやサイズも“味”なのだ。大和は日本の規格を現地の農家に理解させるため、日本の技術者を派遣した。
 しかし、カボチャをつくるためにニュージーランドに派遣された技術者は、形やサイズにとらわれない農業のあり方や言葉の壁にぶつかってノイローゼになってしまった。アメリカでは黒豆の栽培に着手したが、収穫を楽しみに現地へ飛んでみると、黒豆のツルがもつれ合って地べたを這っていた。
「作物ができればそれでええと思うてる。だいいち、腰を曲げて畑作業をしない。土に頬擦りするような百姓根性がないんや……」こうして、「たくさんありすぎて、思い出したくもない」失敗を重ねたが、それでも「やりたいことをやる」精神は萎えなかった。


 
≪KEY PERSON≫

立田 慶三氏 (60歳)

≪PROFILE≫

1942年神戸市出身。
食品会社の青果営業を経験後、退職して2年間渡米。日本にはまだなかったファミリーレストランや、地平線まで続く広大な畑が印象に残ったという。1974年、会社の同僚と大和通商を設立。最初の2年は仕事がなく、港で荷役の仕事をしながら食いつないだ。

≪COMPANY DATA≫

●設立●
1974年4月

●事業内容●
農水産物の輸出入及び販売

●所在地●
神戸市兵庫区本町1-3-19



 
取材・文/細山田 章子  写真/滝沢 稔