第3回 遺言ツアー同行記

2010年7月5日〜6日 湯河原温泉「ホテル ラ シェネガ」にて

 関東初進出となった第3回目の「遺言ツアー」は、「目からウロコ」そして「新しい遺言の形=WILL」がテーマである。 「WILL」とは、遺言の英語訳で「意思」・「未来」という前向きな意味を持つ言葉だ。「モノ・カネ」の相続だけが重要視される日本の遺言制度において、「ヒト・ココロ」といった気持ちの相続にも着目。あえて、ここからスタートする「WILLプロジェクト」を立ち上げ、前回よりもさらに“気持ちの棚卸し”に一点集中できるように、期間は1泊2日に凝縮した。


 梅雨の合間の晴天に恵まれた7月5日、湯河原温泉に近い「ホテル ラ シェネガ」に集ったのは、男性4名、女性6名の老若男女。それも、スーツ姿の30代、40代の若い男女が半数を占めた。

 さっそく、相模湾が一望できるホテル内の広いレストランを貸し切って、昼食とともに自己紹介がはじまった。
 「正直、今まで遺言なんて意識したことはなかったけど、気持ちを大切にするという遺言に興味を持って……」と、苦笑する男性は人材派遣会社の経営者。
 「遺言とか財産云々よりも、自分の人生と向き合うことで家族に伝えるべき言葉が見つかるかもしれない」と話すのは、山梨県の八ヶ岳から参加された造形作家の男性。知る人ぞ知る有名人だ。ほかにも、八王子市で数十店舗の飲食店や川崎市で年商50億の惣菜店を営む女性経営者たちや、建築業や不動産業を営む男性経営陣をはじめ、主婦やご主人が他界され現在はひとり暮らしの女性など、さまざまな顔ぶれが、さまざまな思いを語り合う。

 昼食後、いよいよセミナーがはじまった。通常、遺言セミナーといえば、堅苦しい専門用語が飛び交い、果ては眠くなるのが常。だが、会場には即席の高座が設けられ、お囃子とともに落語家の桂茶がま氏が登場した。「目からウロコ」のテーマにふさわしい遺言落語のはじまりだ。ツアー講師のひとりである司法書士の古宮努氏が「遺言は笑って明るく、前向きな気持ちで学むべきだ」と、プロの落語家に弟子入り。師匠の茶がま氏とコラボして完成させた創作落語「遺言」である。
 もちろん、ただ落語を堪能してもらうのが目的ではない。じつは、この創作落語「遺言」の中に登場する“力松”という登場人物がキーポイントなのだ。力松という一般庶民の男性とその家族が繰り広げる会話の中に、あえて遺言の正しい知識と間違った知識を盛り込ませている。そして、このあとのセミナーでその知識の正否を再確認したり、力松氏と同様に自分だったら誰に何を【託したい・遺したい・伝えたい】のかを考えてもらう。また、メンタルケアスペシャリストの渡邉氏のワークで使用するテキストの中にも力松氏を登場させ、参加者との共感を図っている。つまり、これまで以上に「ヒト・ココロ」といった気持ちの棚卸作業を充実させるために、まずは遺言落語の笑いで幕を開け、力松氏とともに前向きな気持ちで「WILL」と向き合う構成だ。最終的に法的な遺言が必要な人は、自筆遺言や公正証書遺言を書く。法的な遺言が必要ない人はツアー中に完成させた「WILL」がある。法的な要素はなくても、愛する人のために綴った世界にひとつだけの“愛のメッセージ”であり、これも立派な遺言だからだ。

 「あなた(ご主人の名前)と出会えたこと。それが私の全財産です」
 1日限定のWILL(遺言)を書くという設定のワークで、30代の既婚女性が書いた人生初の遺言書だ。最初は「財産なんて思い浮かばないし、なにを書けばいいやら……」と、途方に暮れていた彼女が最終的に書き上げた立派な「WILL」。
 「書いているうちに、胸の奥がポカポカしてきて……。これも立派な遺言として成立するんですね」と、目を潤ませる。

 「尊厳死宣言公正証書に興味を持ってね」とは、造形作家の男性。この尊厳死宣言公正証書とは「リビングウィル」とも呼ばれ、生きているあいだに自分の去り際を選択しておける証明書のことだ。家族に負担をかけたくないという彼の思いが垣間見れた。

 ワーク以外は、茶がま氏による上方落語で爆笑したり、同ホテルにある「エサレンマッサージ」(人間性心理学の中心地であるエサレン研究所で開発されたマッサージで、体と心の声を聴いて施術される)リラックスしたり、温泉に浸かりながら「WILL」に思いを馳せたりと、参加者の意思で自由に行動できる。フレンチの夕食を堪能したあと、湯河原の夜は静かに深ける……。と思いきや、ホテルの一室から参加者たちの楽しそうな会話がいつまでもこぼれていた。

 最終日。WILLプランナーとの個別面談やワークをこなした参加者たちは、ふたたび相模湾が望むレストランに集合してツアーの感想を発表、そして「ツアー修了証書」を受け取ったあと、それぞれの家路へと帰っていく。


 「WILLプロジェクト」という新たな試み。それを1泊2日という短期間で挑戦した今回のツアー。「目からウロコ」以上に、「遺言」に対するマイナーで重いヨロイを脱げただろうか? 自分自身の「WILL」と向き合うことができただろうか? ホテルを去る彼らの表情には、清清しさが一様に滲み出ていた。
文責/プレス・サリサリコーポレーション 松原宏子
 


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