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自分の知らない声 |
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大学では法学部に在籍、弁護士を目指していた。弁護士になることを切望されていたからだ。
「弁護士だった祖父が、事務所をボクに継がせたがっていたんですわ。明治生まれの鉄の精神を持った祖父に、『歌舞音曲は禁止だ!』なんて言われてね。でも、1回生の途中で挫折」
理由は、六法全書の中に“愛”という言葉が出てこないから。愛と情熱のオトコなのだ。
ちょうどその頃、知り合いに頼まれてピアノ・バーで弾き語りのアルバイトを始めた。時はまさしく、バブルの絶頂期。大学生でも、一晩で1万円の稼ぎが入ることは珍しくなかった。それ以上にすごかったのがチップだ。
「リクエストされた曲を覚えていて、次にその人が来店されたらさり気なく弾くんですよ。“この人、『コスモス』が好きだったな”なんてね」
バブルに踊らされることなくバイト代も含めてしっかり貯金し、ニューヨークへと旅立った。23歳のときである。 |
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≪分類≫
ミュージック目
美術科
≪生息地≫
京都・太秦
≪年齢≫
39歳
≪分布≫
大阪市北区
≪活動時間≫
5時〜21時半
≪好物≫
ふぐ(てっさ!)
≪相棒≫
社長
≪天敵≫
ナシ(『LOVE&PEACE』な人間なので)
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